内省の有効性について

Odilon Redon

すでに自分がしていることや、自分の状態は、当たり前に感じてしまうので、意外と気づかないものです。それに気づかなくても、そのまま存在してはいけるのですが、内省することには、私たちが自然にしている成長や学びに気づくきっかけを与え、私たちに希望や意欲を与えるという効果があります。

辛い時、ショックな時は難しいけれど、リラックスする時間と空間を作ります。そうして内省する余裕が出て来たら、自分がいかに一生懸命に最善を尽くして生きて、存在しているかを認めてあげましょう。

私たちは、奇跡の連続の中に存在しています。

当たり前に見えることでも、過去があり、瞬間の連続の中の必然があり、その中で私たちは、実は無意識に、創造に及んでいます。さあ、これから創造するぞ、ではなく、実はもう創造しているものなのです。そこに成長があるのです。

また、創造とは、それを認識したところから、創造というエネルギーや波動となって、宇宙的に大きな影響を与えるようになるものなのです。それも内省と瞑想の中で起こり得る認識で、それを覚醒と感じる人もいるのではないかと思います。

たとえ、具体的に説明できるようなものでなくても、新しい瞬間が訪れていたということだけでも、何と無く感じられたら、それは成長なのです。それを通して、この世界に嬉しい可能性と希望を感じられるようになります。全ての瞬間が、次の瞬間を作っていっています。ただ過ぎて行っているだけの瞬間なんてないんです。

根拠のない自信と言いますが、根拠があるものは、他者に説明できるような根拠、つまり他者や自分の外の世界の認識に依存しているのであって、私たちの中から溢れ出る力や自信とは異なります。それは、他者に依存しているものであり、それそのものとしては、それほど強いものではないのだと思うのです。「絶対的に正しい」と思えるときには、根拠や承認を必要とせず、誰に認められなくても説明ができなくても、私たちは満足できます。「正しさ」とは「証明するものではなく、生きられるもの」だと思います。「絶対的に正しい」とき、私たちはこの創造という行為に触れているのです。

話は内省に戻りますが、内省する時間を持つことは大切だと思います。認識やマインドを使う内省の代わりに、何も考えずにただ瞑想することも同じような効果があると思います。どちらも、今・ここにとどまって、その一点に「意識的に」存在しているのです。「今・ここ」の連続、生きているって、「今・ココ」が連続しているって本当に不思議です。それだけで、奇跡を起こしているような気に、私はなったりして、落ち込んでいるときに元気になれることがあります。

内省や瞑想の中で、「絶対的に正しい」感覚に触れられたら、私たちは自分の創造活動に気づき、その内なる神聖に気づき、より大きな可能性が育っていること、生きていることに希望を見出すのです。

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内省の有効性について への4件のフィードバック

  1. Mich より:

    こんにちは、質問です。
    お支払いの方法の事ですが、Visaカードでも可能でしょうか?
    可能であれば申し込みさせていただきたいと思ったのですが、
    私の使用している海外の携帯の番号が長すぎて、入りきれません。
    どうしたら、良いでしょうか。

    • Mich より:

      質問する場所を間違えて送りました。
      申し訳ありません。特別な子供達へヒーリングの申し込みの事です。
      宜しくお願いいたします。

    • leavesinstitute より:

      ペイパルでカードy使えそうなら大丈夫です。携帯番号はペイパルに必須のようで必須項目になっているようです。お電話することはないと思いますので、日本の番号でも入れておいてください。

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