Author Archives: Leaves Institute

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About Leaves Institute

一人一人の信念と哲学、独自の方向性を尊重しながら、癒しや自己実現のお手伝い、そしてそうしたお仕事に関する学びを提供しています。また、人間、人生、宇宙、その他の様々な神秘について、皆様が自分の求める答えを受け取り、自己知識に自信を持って生きていけるようにお手伝いすることを目指しています。

宇宙へのアファメーション

Facebookに書いていたことから、この宇宙へのアファメーションが人気だったので、お役に立てるようにこちらにもご紹介します。 困った時、もう何も手段が残されてなくて、天の采配に任せるしかないときに自然に口から出る言葉なのですが、一緒にいた人が「それっていい!」と言ってくれたので、人前ではマイブームになってます。「困るの嫌だから、いつでも私を特別扱いしてようっ!」て感じで気楽に甘えてみましょう。 とりあえず、心の中で、あるいは声に出して行ってみてください。自分について知ることが出来たり、前に進めたり、ポジティブになれたり、癒されたり、いいことがあったり、色々すると思います。 宇宙や天使にお願いするときのコツは、無条件にお願いすることです。少なくとも天使と宇宙に関しては、無条件にお願いするのって、大事です。「こうしますから」などの条件は不要。無条件に受け取ることができれば、私たちも、無意識のうちに無条件に与えるようになり、最高のサイクルが生まれます。それは私たちの本来の自己表現を伸びやかにし、助けてくれます。私たちは本来そういう風にある存在だと思います。 「宇宙よ、 私に特別な措置をお与えください。 宇宙よ、私に、常に、特別な采配を施してください。」 このアファメーションで、無条件に頼みきれないと感じるときには、以下を追加してみるといいと思います。 「私の知識は限られており、宇宙の力を理解することは出来ないので、こうしたお願いもしてはみるものの、可能だと完全に思えるわけではありません。でも、この小さな私は、その偉大にして愛ある力を受け取るために、こうお願いしています。小さな私を偉大な私に繋げ、私にあらゆる有益な采配をお与えください。」 これからもFacebookやこちらでいただく質問やご要望をもとに、アファメーションを紹介して行けるといいなあって思ってます。

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人魚と永遠の命

コーンウォールで人魚を見ました。コーンウォールはもともと人魚の伝説で知られた場所です。ずっと行きたかったミナックシアターでの「フィガロの結婚」をやっと見に行った先月のことでした。 個人的には3歳の頃から人魚の孤独に共感して、一人で舞台を作って人魚姫を演じておりました。人魚は箱庭療法でも、「孤独」、「自己愛的傾向」、「潜在無意識からの影響力」として、箱庭やクライアントさんによって意味も違いますがよく出てきます。人魚は女性性のシンボルとして、「秘められた美しさ」、「自分でも受け入れきれないため人には見せられない自分」、「理解されない自分」、「知られたくなく隠したい自分」も象徴していると思います。 人魚は美しい歌声に誘われて出てくると言われていますが、この日もフィガロの奥さん役の女性のオペラ歌手が美しく歌っていたのにつられて来たようでした。人魚を見たのは初めてでしたが、思ったよりずっと怖かったので、美しく人を魅惑する存在を想像していた私はちょっぴりがっかりしました。むしろとてもパワフルな存在でした。 人魚が来てすぐに、そのオペラ歌手は声が出なくなり、代わりの人が影で歌い始めました。私が人魚を見てみたいと気軽に思ったことに微妙に責任も感じて、人魚が求めているかもしれないものを何となくチャネリングしながら送るように、遠くから人魚と話をしていると気のせいかそのうちいなくなりました。人魚がいなくなるとすぐにオペラ歌手は再び歌えるようになったようでした。何と英国人の友人が、この日の主役だったフィガロ役の歌い手とロンドンで同居するかもしれないらしく、この舞台での顛末はいつか聞けそうです。不思議なご縁ですね。 人魚の目は深い海の色。その目を見ると、魂の記憶が蘇り、うまく行けばウパニシャッドにあるような覚醒した状態になり、永遠の命を得ることが出来ます。 「これら自然に現れてくる知識と、奇跡にもたらされる知識の両方を知りそれらを見分けられる者は、まず最初の知識によって滅びることを安全に通り抜け、二つ目の知識を超えることによって永遠の命を得る。」に向かって強引にその人を覚醒させると思われます。 人魚からは「奇跡にもたらされる知識」だけになるので、「自然にもたらされる知識」が備わっていないと叶いません。また、結果的にその人が具体的にどうなるかはその人次第だと思います。 人魚は天使じゃないので、人間のためにそれを行うわけではなく、そのときに相手の得る永遠の命を自分の魂に刻み付け、受け入れようとするのだと思います。人魚は永遠に生きているような、最初から生きていないような存在なのです。 https://leaves-blog.com/2013/04/27/ウパニシャッド抜粋私訳/

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沈黙:調和と統合

対極にあるものの統合は、ほとんどの問題の答えである。それは対極にあるもの同士が、神性を伴う統合(統合の結果として神性を顕現する状態)、または宇宙的調和またはバランスを達成するために、恋するもの同士のように求め合うとき、一緒になれていないことをを「問題」だと感じることがによるのだろうか。この統合または調和が達成された時、そこにあるものは沈黙である。沈黙の中に唯一ある音は私たちである。そこは私たちが創造する場所であり、あらゆるものに手が届き、あらゆるものが可能になる場所である。 あらゆるものがそうであるように、これも逆説の中にある。なぜなら統合には沈黙が必要でありながら、沈黙は統合されたときにあるものである。統合の後の沈黙の中で起こる創造に気がつくが、創造は何もかもが始まる前からそこにあるものである。

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ウパニシャッド抜粋私訳

それは完璧だ。これも完璧だ。完璧は完璧からあらわれる。完璧から完璧を取った残りも完璧である。 すべてに平和があるように。ここにも、そこにも、あそこにも。 生きるものすべては「神」に満ちている。何も要求せず楽しみなさい。「神」の持ち物をむやみに求めてはならない。 それから自分のすべきことを、一生の百年の間行うことを望みなさい。人生において、自分の行いを執着や傲慢から避ける方法は他にない。 「真実の自分」を否定するものは、死んでも盲目で闇に包まれた神不在の人生に戻ることになる。 「真実の自分」はひとつである。不動でありながら心より速く動く。鈍感ながら真っ先に見通す。不動ながら追随を許さない。「真実の自分」の息はあらゆるものの生命である。 不動でありながらそれは動き、遠くにありながら近くにあり、全ての中にありながら全ての外にある。 自分の中に全ての存在を見い出し、全ての存在の中に確信を持って自分を見い出せる者が、悲しむことはない。 生命がひとつであると知り、自らに全ての存在を見い出すことのできる賢い人間が、惑わされたり悲しみに暮れることがあるものか。 「真実の自分」はあらゆるところにある。体を持たず、形を持たず、完璧であり、純粋であり、賢明であり、全知であり、光り輝き、自立しつつ全てを超越しながら、永遠の存在の中で、どの瞬間にもその使命を刻みつけていくものである。 盲目の闇をかいくぐって、自然に顕われて来る知識に忠実でありなさい。底なしの闇をかいくぐって、奇跡としてもたらされる神聖な知識に忠実でありなさい。かつて賢者達がはっきりと説明していたように、これらの知識はそれぞれが明らかな成果をもたらすだろう。これら自然に現れてくる知識と奇跡にもたらされる知識の両方を知りそれらを見分けられる者は、まず最初の知識によって滅びることを安全に通り抜け、二つ目の知識を超えることによって永遠の命を得る。 盲目の闇をかいくぐって、自然がもたらす種に忠実でありなさい。底なしの闇をかいくぐって、自然のもたらす形状に忠実でありなさい。かつて賢者達がはっきりと説明していたように、自然がもたらす種は一つの結果を生み、そしてその形状はもうひとつの結果をもたらす。これら自然がもたらす種と自然のもたらす形状の両方を知りそれらを見分けられる者は、まず最初の知識によって滅びることを安全に通り抜け、二つ目の知識を超えることによって永遠の命を得る。 瓶には金の栓がつけられている。神が、それを引き抜き、現実を開放してくれるのを、私は切望している。守護者よ、見者よ、全てを制する者よ、生命の泉よ、世界の管理人よ、光を浪費せずに光を集め、その祝福された本体を、あらゆるものの神を見せてください。私自身がその神であると。 和訳: リーブスインスティチュート 仲裕美子 Yumiko Naka of Leaves Institute

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