「何も持たず、与え行け」

昔近くに住んでいて、私のご先祖もその辺にいたことがある、福井県の旧名田庄村にある土御門神道本庁に呼ばれて参りました。昔は、名田庄村と言えば、クワガタをとりに行く場所としてしか認識していませんでしたし、陰陽師という役割に自分が関係していることなど全く思いも寄りませんでした。1999年頃に、私がプロのシャーマンを指導しようと思い始めるきっかけとなったのは、ご先祖様とのやり取りでした。その時に、ご先祖様が使っていた陰陽師の「結界」を知ったのが思えば最初だったと思います。その後も2011年に陰陽師の指導を始めるまでは、陰陽師という言葉で自分のしていることを認識することも在りませんでした。

安倍晴明のやり方は、私のやり方と全然違っています。私も天文道などを使うのですが、天然系な私のやり方は、もっとシンプルで、「舞」に近く、身体の感覚を主に使ったボディワークに似ています。できることは色々あり、効果もすぐに出ます。また、動きはハードで柔軟さが要求されますが、それはレムリアンサージャリーなどで調整できてしまいますので、私の気分的姿勢は気楽なものです。もともと行っていた陰陽師のトレーニングは、心身の高度な完成が要求されるものでした。また、最初の方は、伝授のプロセスも生徒には命がけなくらい大変なものや、指導もすごく時間がかかるものでしたが、今は伝授に錬金術的な技を駆使して、比較的受けやすくなり、皆さんに陰陽師の技を楽しんでもらえるようになりました。

そんな私が、安倍晴明のご縁の土御門神道本庁に呼ばれるというのもおかしな感じでしたが、今回は「宇宙開き」のワークの一部として呼ばれて参上しました。

参りました2017年8月28日の午後、安倍晴明のお墓には、お母様がおいでになられました。安倍晴明のお母様といえば、葛の葉狐(くずのはぎつね)という狐だと言われています。私は九尾の狐とは陰陽師を通してご縁があります。陰陽師の伝授を開発している時に、式神ではない九尾の狐がきて手伝ってくれたことがありました。九尾の狐と葛の葉様が同じというわけではありませんが、どういうご縁でそこでお母様がお待ちくださったのか、本当のところはまだわかりません。ただ、参りました時に、とてもよいお言葉をいただきました。

一緒に参りました陰陽師やライトワーカーの皆様は、お母様の葛の葉狐様からそれぞれギフトをいただいておいででしたが、私がご挨拶に上がると、「お前に渡すものは特にない」という感じがした上で、次のような言葉を言われた気がしました。

「何も持たず、与え行け。」

これはとても深いお言葉でした。

何も持っていないのに、与える。

それは、私にとってとても素晴らしい「ありよう」に思えました。私の持っているものを与えるのではなく、相手が得るべきものを得られるように、お手伝いさせていただく。私が持っている必要は無い。自分の力や経験や知識に振り回されず、ただ、愛を持っていけ。そう言うことかなと思いました。

何も持たずに行く。

これは、ずっと私の理想です。実際の人間の私は、いつか使うかもしれないと色んなものをとっておき、荷物が増えてしまい、処分しても処分しても、また溜ってしまう情けないところのある人間ですが、この秋は、そんな自分を愛おしみながらも、もうちょっと整理をしてみたいと思います。感謝です。

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