
リーブスインスティチュート蔵書、チベット瞑想の参考書「The Dalai Lama’s Secret Temple (2000)」より
本来、フォーカスを助け、ストレスを緩和する瞑想ですが、コヴェントリー大学のミゲル・フェリアス教授の研究(リンク先英文)によると、「躁病やうつ病の引き金になる可能性がある」という警鐘もあるようです。瞑想の目的にもよるのだと思いますが、瞑想によって何かを抑圧していればそうなるかもしれません。
私が学んだトランスパーソナル心理療法は、「瞑想」をセラピーに取り入れたものでしたが、瞑想を始めとするトランスパーソナル(スピリチュアル含む)の手法の中には、「現実逃避の手段としてスピリチュアルを使っている人」には気をつけて使うように学んだものもありました。
辛いときに、「スピリチュアル」に逃げることはあります。それが「非現実的な別世界」としてだけの認識だったとしても、それで「辛いとき」を乗り越えられ、少なくとも一時的には楽になり、それが助けになるのであれば、それはそれでいいと思います。
実際のスピリチュアルは、現実的でリアルなものです。自然で、等身大で、とても現実味があり、地に足がしっかり着いて、生活そのものが凛としてその人そのものを表現している「自己実現」した状態、それが「リアルなスピリチュアル」だと思います。
この「リアルなスピリチュアル」にたどり着くには、自分自身の様々な側面に対して、両極の受容のようなダイナミックな統合が必要になるものです。それこそ覚醒という段階を得ることになるでしょう。
それまでは、天使や霊や前世などの目に見えない、現実的でないスピリチュアルなものが、「非現実的な世界としてのスピリチュアル」となり、現実からの逃避をそこに求めてしまうことはあると思います。それは表面的かもしれませんが、「リアルなスピリチュアル」のドアを叩くことにはなっているように思います。
始まりは、「非現実的」「奇跡」でもいいと思います。それが、やがて、「リアル」「自然」となり、私達が創造的な存在として目覚める時には、私達の基盤となって行くのだと思います。そんな地に足着いた、リアルな覚醒と自己実現のお手伝いができることが、私とリーブスインスティチュートの願いです。