境界線、つまりバンダリの認識は、自分を特定するためだけに必要だと私は思っています。いったん自分の真実に繋がったら、バンダリは幾何学的あるいは空間的な定義に基づいた要素を喪失して、ひたすら広がり続けます。その時点では、バンダリというものは、すでにないと言えます。それを覚醒と呼ぶ人もいると思います。
確かにアセンションでは、バンダリの認識が大きく異なると思います。宇宙に「一つ」しかないもの、全てと「一つ」であることの、確固たる実感と認識を通してしか、私達は真実の自分として存在することができません。そこから宇宙の創造が始まるのです。これはキリスト意識の覚醒とも言えるし、錬金術師の覚醒とも言えるし、悟りとも言えるでしょう。色んな人が、色んなレベルと、色んなイメージと、色んな定義を使いながら、様々なバンダリを経験し、手放して行くのです。
最終的に、アセンション後は、「自分」と「全て」が非常に調和した混乱のない状態で常に同時に一つの存在に存在し、バンダリの必要はなくなると考えています。