貧しかった楽しい思い出

1897865_687042824680447_870599682_n
今思うと、収入が全然なく、考えてみればすごく節約していた時期が何年も、確か日英あわせて9年ほどありました。お金がなく、収入がないと、日々の生活を創造的に工夫しないと成り立って行きませんし、お金の使い方はよく考えるようになるので、自分の行動や方向性に関する意識が高まり、何でも「よく考えて選ぶ」ようになります。

私はその頃は、日本ではボランティアでスピリチュアリズムの勉強会の企画やボランティアで応用物理学の研究所に所属したりしていて、物価の高いロンドンでは、小さな子供を抱えて2つもの大学で大学院生をしながら暮らしていました。私はボランティアの仕事ばかりを3−4件ほどしていて、出費ばかりで何も入って来ず、会社員時代の貯金を切り崩して暮らしていました。途中から当時の夫が仕事を見つけて働き始めてくれましたが、それも手取りが10万円ちょっとしかありませんでした。そんな中でも当時の夫は、私が学ぶための出費は快く受け入れてくれていました。私は自分のセラピーも毎週受けていましたし、勉強は増えるばかりでお金は出て行くばかりでした。それでも、貧しいから安く受けられる学校のコースなどでさまざまなセラピーやアートについて学ぶことも出来ました。それに必要なお金は入ってくるという、妙な宇宙への信頼があり、不安はありませんでした。

住んでいたのもボロボロのアパートで、天井が今にも落ちてきそうなところでした。もともとそのボロアパートは、何とか暮らしを成り立たせようと考えてくれた当時の夫が見つけてきてくれた物件でした。あまりにも酷い状態と汚さに、最初見た時には愕然としましたが、天使が祝福してくれて見つけてきてくれた物件だったので、そこに決めました。大きなバス通りにある物件で、「こんな汚いところに住んでいる人が居るんだなあ」とバスの中から見ていた、まさにその家でしたので、本当にびっくりしました。

当時の夫が安い白いペンキで家中の壁を塗って、変な色だったアパートを真っ白にしてくれました。壁やドアに天使や女神などの壁画を描いてあちこちに素敵な空間を作りました。あまりにもボロボロだったので、大家さんは何をしてもいいと言ってくれ、すごくワクワクして改造していたのを思い出します。家具を買うことを思いつかないほど狭かったし、節約もあって、廃材などから洋服を収納する家具を作り、子供のおもちゃを片付ける棚は、近所の工事現場からもらってきた不要木材などをリサイクルして作っていました。浴室は階段の下の三角の窮屈な隙間にバスタブが置かれている不思議な空間で照明もなかったので、ロウソクの明かりで入っていました。拾ってきた古い鏡をアレンジして、バスタブ近辺はライラックの薄紫色に塗って、ロウソクの明かりと古い鏡の反射で幻想的な空間を作って楽しんでいたのを覚えています。

あまりにも住居が狭かったので、日本から持ってきた少ない道具や服さえ入り切らず、引っ越し当時は、古いソファーの上しか場所がないので、当日はそこで寝たのを覚えています。荷物を処分するのにも、運び出す車もないし、捨てるのも勿体無いので、家の前で強引にガレージセールらしきものを行いました。何と、今リーブスインスティチュートの事務局をしてくれているさつきちゃんが、当時からずっと友達で、その不思議でおかしいガレージセールを手伝ってくれました。思い出すとおかしくて笑えてきます。殆どをその後近所の教会に寄付することができました。不要品があっても、どなたかが活用してくださるそうした仕組みがあちこちで見つけられるのは、イギリスの素晴らしいところです。

朝早くからのボランティアは、学校や病院、慈善団体でのスクールカウンセラーやヒーラーとしての活動でしたが、学校前の朝の時間に息子を預けて学校に連れて行ってもらうのをアレンジするのにお金が掛かったし、放課後も夕方近くまで預かってもらわなくちゃ行けないこともあり、お金が掛かる以外に、息子には寂しい思いもさせました。しかも当時のロンドンでは美味しいものを買うことが出来なかったので、毎日お野菜や素材からお夕飯などを作り込むため、その時間もかかりました。仕事で疲れた上で、重い買い物の荷物を持って帰り、料理し、子供の世話もする。若い体力でもすり減るほど大変でした。でも、このボロアパートは創造的に、息子との楽しい空間も作れた気がします。

唯一部屋らしかった小さな寝室に、居間を兼ねた食堂のスペースがあっただけだったので、寝室は息子の遊び部屋になりました。家族が工夫してその部屋で寝ておりました。息子の遊び空間を作るため、二階建てのベッドは購入しました。へこみに小さなドアを取り付けただけで中に簡単な棚があるだけの、唯一の収納の下の段は、収納せずに簡単なライトを取り付けて息子の「想像空間・隠れ家」にしました。息子の部屋=唯一部屋らしかった寝室は日当りがよく、窓辺の小さなコーナーに木製の小さな子供用のテーブルセットを置いて、一緒に朝食をとったり、絵を描いて遊んだりが楽しかったです。毎週遊びにくる息子の友達は大きな家に住む子でしたが、波動がよかったので、「きもちいい」と喜んで遊びにきてくれ、二人はよくその「想像空間」をタイムマシンにして、さまざまな場所や時代に出かけては物語を作っていました。息子の友達は、ご両親が劇作家やアーティストばかりだったので、遊びがとても創造的だったのも素敵でした。

息子の窓から出られる小さなテラスもどき(笑)の空間には、下に住居のあるスペースが続いており、そこの大家さんの許可を得て、15畳はあるほど広いルーフガーデンを作りました。写真の私が立っているのは、窓から出たところです。とっても日当りがよかったので、公園から拾ってきた種から、色んな花を育て、彩り豊かなお花が満開の庭になりました。息子と毛布を引いてピクニックなどをしている横を、ロンドン名物の二階建てバスが通り、皆が手を振ってくれたのが、ちょっと恥ずかしかったけれど、とても素敵なお庭でした。ルーフガーデンの隅っこにあった古い木箱の中で、息子が保育園から持って帰ったトマトを植え替えると、日当りがいいので、どんどんトマトがなり続けてくれたのも楽しかったです。テラスもどきでは、なんと友人達とバーベキューまでしました、笑。

学校で学ぶ以外にお金を使う時間や余裕が全然なく、洋服も慈善団体からの古着を数百円で買ったのもしか着ていませんでしたが、かえって気楽でした。食材も夕方近くになってしか買い物できなかったので、お安くなっていたのを買って調理しており、今考えるとすごく節約になってました。

もともと実家でも節約していたし、大学時代も奨学金は貯金して(実は銀行に行くのが面倒だっただけなのですが・笑)、バイト代で工夫して暮らしていたので、節約は得意だったと思います。

貧乏って大変だと思うんだけど、やむを得ずそういう状況になると、私のような人は興奮して元気になります。工夫が楽しいし、少ないお金で生きて行けると不思議と安心します。人に助けられたり、人を助けたりの助け合いも、どんどんおこります。砂漠の民じゃないけれど、いつお金がなくなってもやって行けそうな私です、笑。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク

貧しかった楽しい思い出 への2件のフィードバック

  1. 裕美子さんありがとうございます^^
    なんだかすごく楽しくて、そしてワクワクしながら癒されました。
    その人がどういう人生を歩んできたのか、過去や歴史を共有することは叡智のシェアなんですね!
    また裕美子さんの過去とか歴史をシェアしてもらえるのを楽しみにしています^^

    • leavesinstitute より:

      香織さん、ありがとうございます。喜んでいただけたコメントをたくさんいただいたので、また書いてみようと思います。人って意外なところがたくさんあるものですよね。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中