責任、真実、仕事、愛、幸せ

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マスコミや政府系組織の情報操作などが表立って来ていますね。でも、これらはよく見れば、操作されているのは明らかなことが多かった気がします。こうした不正が原因で苦しんでいる人がいることが分かったら、それに関して行動するのはもちろん必要ですが、こうした状況で彼らを否定的に責めたり批判する事には、私はそれほど意味が無い気がしています。たとえ誰が何と言っても、自分の「真実」を貫くべきだと思うからです。

そのためには当然ながら、貫くべき「自分の真実を見いだす」ことが必要になります。それは中々大変なプロセスで、見つけられるものも「これ!」といったはっきりした具体的なものではなく、「感覚」のようなとらえどころの無いものかもしれません。

具体的な何かとしての自分の真実は、むしろ「事実」に近いものであり、「いま、ここの私」にとっての真実から外れやすく、それゆえ壊れやすく弱いです。私達が常に変化しているからです。

そうした弱い真実には、私達の「守りたい」という気持ちが働きます。ですから、それ以外を否定したいと言う衝動が起こりがちです。かといって、それ以外のものを真実じゃないと否定する事で私達の真実を守ることはできないのです。「自分の真実」はあくまで、自分にとっての真実でしかなく、他の人の真実はそれと違っていても尊重する必要があります。

「自分の真実」が常に変化する自分の一部として、確かでありながら、捉えるのが難しいものである限り、私達には常に、「真実」という確信に基づいた、ある程度の無知の上での受容が必要になります。他の方の真実を尊重できることは、そうした自分自身の真実の尊重ができる能力に基づいているのです。つまり他者の真実を尊重できないとき、自分の真実に確信を得ているとは思えません。

世界は自分の一部であり、自分は世界の一部なのです。

「自分の真実」を体得することができたとしても、それに基づいて、自分自身が存在している世界と社会、そしてそれらの自分にとっての意味を捉え直すには、忍耐強い信念が必要だと思います。自分の信念やビジョンや意図の源が自分であることが難しい世界の中で、私たちは常に試され続けながら、信念を強くして行き、それが誓願とひとつになって私たちの一人一人に独自な目的を達成するのです。

宇宙に繋がり、その流れに乗って生きると同時に、世界の一部としての「自分の責任」を明確にして行動しなければ、それは達成できないと思います。

「自分の責任」を全うする事は、喜びあることでもありますが、勇気のいる事でもありますよね。「自分の目的」同様、「自分の責任」が明確になっていない状況って多いと思います。それは私たちが社会的な投影の中で、自分じゃない誰かの「期待」に答える必要性を感じながら生きているからだと思います。期待に応えていないと愛されない・受け入れられないという恐れを超えるには、「自分であり、自分の目的を達成して行くことでも必要とされる・愛される」という経験が必要ですよね。

スピリチュアル、つまりそうした目に見える社会を超える真実、「自分の生まれて来た目的」、「投影がはがれ落ちた後のこの世界の真実」に繋がっていくことで、それが見えてくるものではあります。しかしながら、その「スピリチュアル」でさえ、誤解され、都合良く利用されているのをよく見かけます。

形あるものにしがみつかず、「無に全てを見る」ことが心の平安になるといいのですが、それには「無」への恐れを乗り越えられるほど、自分への信頼が強くなくてはなりませんし、簡単ではありません。

でも、それができたら、自分の生きている世界はこの瞬間から変えられると思います。自分にとって、この世界が変わるだけにも見えますが、相対的に変わって行くのだと思います。

私にとって、「自分の責任」は「生きていること」で、「生きていること」は「自他への愛を持って奉仕していること」、「奉仕していること」は「社会の一員であること」です。

「奉仕」しているつもりでも、本当に相手の役に立っているかどうかを知ろうとすることが重要だと思います。時には失敗しながら、その失敗から学び、さらに輝く時、それは機会とさえなります。さらに役立てるように自分を成長させることは喜びとなります。

仕事をしていることは、私には生きている事であり、仕事をしないことは死ぬのと同じ事になります。自分にとって仕事と感じられる事をしていないときには、私は悲しくなりふさぎ込みますからすぐにわかります。そうしたら方向転換が必要です。方向転換の度にゼロになるのが通常なので、最初のうちは勇気がいりますが、慣れてくると分かってきます。自分が生かされている事が。先人の言葉や経験に励まされながら、でも見た事も無い場所を、時に不安になりながらも、駆り立てられるように歩む進むうちに道が出来ます。

自分の道をまっすぐ歩く中でも、家族や周囲との愛ある瞬間の連続に人間として支えられ、喜びと感動と感謝の中にあってこそ、価値ある仕事として見いだしながら励めるものです。

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カテゴリー: エッセイ, スピリチュアルティーチング パーマリンク

責任、真実、仕事、愛、幸せ への11件のフィードバック

  1. Mさん より:

    自分であること。。
    それは、無に全てを見る事

    自分であると、思っていることも、
    それが、違う場合もあるのでしょうね。。

    自分の真実を見つける事
    そこから、忍耐強い信念を持つこと。

    とても、深いお話だと思います。
    読めれることに、感謝♡を…

    ありがとうございます。

  2. Uさん より:

    仲さん、いつも本当ありがとうございます。
    皆さま ありがとうございます。
    私にしたら、とても重みある言葉がならんでいます。
    この文章を読むにつれて、先に肌から細胞に届けられるように吸収されるような気がしました。
    私は、生まれはじめたヨチヨチ歩きで、ペースも ゆっくりですが、目覚め 、目を見開き 時には 逃げだしたくなるときも、恐れも 勇気を持って自己の真実の喜びに歩いていけるよう 、信念を 抱いていきたいです。
    ここに書いてある言葉一つとっても 重みを感じますし、真実の自分は、そうしたことを 乗り越えられる存在なのでしょうか…次のステップを一つでも 乗り越えた真実の自分にも出会いたいです。
    今の私には 直ぐに乗り越えることが安易でない中で、ブログでの覚醒を刺激するヒーリングから、セッションなどの心遣いが暖かく心強く とても励みになります。
    本当に感謝しています。
    ありがとうございます m(_ _)m。

    • leavesinstitute より:

      こちらこそ、素敵なコメントありがとうございます。きっと真実の自分に出会うときには、過去でも全て最善を行っていた事に気づくはずです。今後ともよろしくお願いいたします。

      • Uさん より:

        仲さま、ありがとうございます。
        私が ずっとほしかった居場所は、私がいるところがそうであり、私がほしかった家族は 私の中に真の家族としてありました。
        そういうことに気づかされました。
        こちらにきて見させていただいた、上記の Mさまの 内容も深く心にしみ私に必要な言葉でした。
        深い愛情に感謝いたします。
        本当に ありがとうございますm(_ _)m
        是非 これからも宜しくお願いします。

  3. Uさん より:

    仲さん いつも、ありがとうございます。
    リーブスイベントサポートグループの皆さま ありがとうございます。
    あれから 、更に自分の真実を見つけました。
    辛く 苦しくて、何故かも分からなくて… そのうち 気がついたときに とても楽になってきました。自分の真実が一つ生まれたように、辛く苦しさが だんだん ホッとしてきました。
    そこから、自分を越えて 真実を受け入れ 、本当の自分に目を向け 真実を貫き通す 学びをさせていただきました。
    私の一つの 真実を受け入れたとき 「 何故いつも私は そうなんだろう …」と 寂しく辛くなりました。これが私なんだと 受け入れられた瞬間に 涙が出ました。
    でも、こうしたブログでの仲さんが書かれた記事や、リーブスイベントサポートグループの皆さまに支えられ、私なりに ワークを 自他共に させていただき 、 辛かった私の真実は 、大切な光としての真実と変わり、 今 深いところから喜びの涙が溢れます。
    喜びの涙が溢れた後は、 ちょうど ホッとして無の状態です。
    次の変化を楽しみにしていきたいです。
    こうした 仲さんや 皆さまの愛により支えられ、また少し私なりの成長した気になりました。
    こうして 書かせていただいてますが、私1人では 勇気がでなかったことも 、こうして 皆さまに 支えられ 恐れも出せる勇気に変われたことを感謝いたします。

    ありがとうございました。

  4. Uさん より:

    皆さまに支えられ恐れも超えれる勇気に変われたことを感謝いたします。でしたm(_ _)m
    ありがとうございます。

  5. 高橋 より:

    こんばんは。

    今自分の中で、「何かが違う」という感覚を感じて、だんだんと自分が無(ゼロ)の方向に向かっている恐れを感じているところでした。

    >そうしたら方向転換が必要です。方向転換の度にゼロになるのが通常なので、最初のうちは勇気がいりますが、慣れてくると分かってきます。自分が生かされている事が。

    自分は生かされている、という言葉が、私に灯台のようなかすかな明かりのような希望と、自分が無になることへの恐れを乗り越えられるような勇気を与えてくれたような気がしました。

    ありがとうございます。私もこんな形で勇気を分け与えられるような人になりたいと思います。

    • leavesinstitute より:

      高橋さま、
      コメントありがとうございました。

      「何かが違う」は最初は怖いのですが、この恐怖を乗り越えるたびに、そう気づくのが楽しみになるものです。

      これらを超える偉大な意識、偉大な存在として、自分が存在していることに気づくのも怖いものですが、「まあいいか、実際そうなんだし。」とそのまま、存在しちゃえば、結構大丈夫です。誰もがそうして存在しているというのも、すごいことです。

      今は、お辛いと思いますが、生きていれば、必ずみえてきます。お互い頑張りましょう!

      また、コメントに気づくことができ、この投稿を読み直す機会となりました。わかりにくいところの説明を多少追加することができました。感謝です。

  6. Johnd65 より:

    You really make it seem so easy with your presentation but I find this topic to be really something which I think I would never understand. It seems too complicated and extremely broad for me. I’m looking forward for your next post, I’ll try to get the hang of it! dekcdkdddcdf

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